神社訪問/佐濃地区」活性化協議会

2013-05-14

佐濃地区には、17集落あり、それぞれにだいたい神社があります。

シリーズものとして神社訪問を企画してみました。第一弾は尉ヶ畑です。

尉ヶ畑区_二宮神社

二宮神社(1)

当社の創立年代等は徴證すぺきものなけれぱ之を知るに由なきも、
往古より明日親王の三男金九親王の勘請に係れりといひ伝ふ。

而して尉ヶ畑の氏神ごして尊崇し来たれる処なり、

抑も同地名たる尉ケ畑の尉は老翁の意にして、
小字老の岡といへるも亦老翁より出でし事明なり、
祭神は須佐之男命稻田姫命の二柱を奉祀せるが、
一読には手摩乳脚摩乳の二神を奉祀せりとも言へり。
これ社名二宮の因つて起る所以なり。同地の奥に翁ヶ谷媼ヶ谷といへる処あり、
叉東に當りて嫁ヶ谷あり、西北に當りて老の岡あり。
村の中央東の池を城山といひ、城山の東北に当りて須賀といへる地あり、
現今清水ケ畑といふ。須賀より清となり遂に清水さと転ぜしものの如し。
此の地翁媼二柱の住居せらゆし地なりといひ伝ふ。

 

丹哥府志に曰く、 「大阪落城の後松田利助、北川治郎兵衛、山川帯刀丹後に逃る、
小国主計之を此処に匿す」と蓋しかむろいしは形の冠に似たるより起れる名にして、
社名の超原は明日親王より出てしものならんか、
尚かむろいし附近に元庵室ありしとて今其の遺蹟を存せり、
これ松田北川等の隠所たりし事を知らる。而して二宮と朝回とは多少聯關する処あり、
二宮神社の創立者たる金九親王の父命を奉祀せる亦故なきに非ざれど、
未だ徴證を得ざれば、後の考證にまつ。 而して当社は元無格社なりしが、
大正十年七月一日付を以て村社に昇格の義を達せられ、

同七月十五日神饌幣帛料供進神社として指定せらる。

二宮神社(2)

 

撮影日は4月5日。ちょうど桜が満開の時期でした。

 

二宮神社(3)

 

ご神木でしょうか、大きな木(名前は不明)がありました。

 

二宮神社(4)

 

拝殿

 

二宮神社(5)

 

狛犬。右側は「阿」でしたっけ?

左は「吽」?

 

二宮神社(6)

なぜか、可愛いお地蔵様がおられました。