政治・教育の要所だったんだ/久美浜一区自治振興会

明治2年に久美浜へ小学校がおかれた事を知っていますか’13.03.22

 

 最近、つくづく思うんだ。。。

学校の授業で習う歴史は、一般常識としてちゃんと覚えておくものなんだなぁって。

学校で学んだ日本史の上に、地元 久美浜の歴史が乗っかると すごく興味深い。

 

土居の長明寺 門前には、明治2年 長明寺に 久美浜縣の小学校が置かれた

っていう石碑があるんだよ

 明治2年だよ  明治2ねぇ~ん!!

これって すごくない!! 

 長明寺に置かれた久美浜縣小学校の石碑。(写真をクリックすると大きくなります)

 

 

 

 

 歴史年表的には、王政復古の大号令がなされて 明治がスタートした次の年に、

久美浜縣の長明寺に小学校が置かれた事になるんだ。

 

明治元年(1868年) 久美浜縣は廃藩置県の前に 明治政府によって、丹後国、丹波国、

但馬国、播磨国、美作国内の幕府領・旗本領を管轄するために設置されてる。

我が町は明治2年に小学校がおかれるほど、重要な土地柄だったんだ。 明治2年に初めて久美浜懸の長明寺へ小学校がおかれました。

 

 

 

 

廃藩置県が明治4年、そして、明治5年に日本初の学制(教育法令)が施行されている

その3年前には、久美浜縣の長明寺に小学校を置いた事になる。

 これって、すごい事だよね!!

 ここのお寺で明治時代の子供たちが勉強してたんだね。

 

 

 

 

日本国中 明治維新の嵐が吹き荒れ、不平士族が うようよいて 戦(いくさ)をしてる時に

久美浜では、将来有望な子ども達を育てる為に 新しい教育が試された事になるもの。

久美浜で生まれ育って ここで暮らしている僕らは、 この事に もっとプライドを持っ

いいと思うんだ。

 

 145年前の久美浜は、確かに 政治と教育の先進地だったんだよ。

今は、過疎とか 次世代の担い手不足なんて 問題を抱えて、田舎は嫌だなぁ って

思ってる人も多いと思うけど、145年前の久美浜は そうじゃなかったんじゃないかな

 

たかが145年前だよ!!

人類がサルから別れて、人類の歴史を歩み始めたのが700万年前だって言うんだから、

その人類の歴史に比べたら  まばたきをする ほんの一瞬みたいなもんだよ。

 

みんなが、久美浜一区自治振興会の推し進める “ 一区プラン”へ参加してくれれば、

必ず145年前のような 活気を 絶対 取り戻せる。

 僕は そう信じてる!!