久美浜縣ってなに?/久美浜一区自治振興会

久美浜って 県庁所在地だったんだ!!     ’13.03.27

 

 幕末から明治維新にかけて思いを馳せると、道半ばで命を絶たれた 坂本竜馬や白虎隊

勝海舟、西郷隆盛、高杉晋作、木戸孝允など色々な 時の人の名前が思い浮かぶよね。

 この時代、ここ久美浜も 明治維新の大きな変革の渦に 巻き込まれていたんだよ。

 

 もともと江戸時代 久美浜は、200年間 幕府直轄の天領として統治された土地たんだ。

200年の内130年あまりは 直接 久美浜に代官所が置かれ、久美浜代官所が領内の年貢を

江戸に送ってた。

 

 そして 明治維新の始動と共に、代官所は久美浜縣庁となり、丹後・但馬・丹波・

播磨・美作の5カ国23万石を管轄した。

 管轄地域は、現在の京都府北部、兵庫県北部及び西部、岡山県北東部にわたる

広大な地域だったんだよ。

 

建物は 旧代官所を そのまま縣庁舎として利用した為に、建物が手狭でもあり  新庁舎を

明治3年に完成させているんだ。

 その完成した正門と玄関棟は 現存してるんだよ。(写真をクリックすると大きくなります)

 豊岡に移築された久美浜縣庁の門もと久美浜縣庁は神谷太刀宮の参考館として現存しています。

 

 

 

 

ここからが、まさに明治維新の 大きな渦に巻き込まれて行くんだけど、

この新庁舎が完成した翌年(明治4年)、久美浜縣が廃止されてしまうんだ。

新しく完成した縣庁舎は、隣接する豊岡縣(現在の兵庫県 豊岡市)に

移築され 豊岡縣の縣庁舎として使われて来たんだ。

 

しかし 豊岡縣も明治9年に廃止され、管轄した地域は 京都府と兵庫県に分けて

それぞれ 合併し、現在の京都府と兵庫県の管轄地域になってる。

豊岡縣が廃止された時 縣庁舎は郡役所と名前を変え、城崎・美含郡役所として

再利用されているんだ。

 

その後 時は流れ 大正12年、郡役所が鉄筋コンクリート造りに新築される際に、

古い郡役所(もと縣庁舎)は玄関棟の一部を ふる里 久美浜の神谷太刀宮に

再移築されている。

 

 久美浜へ縣庁舎の一部が帰ってくるまでに 53年の年月を経たことになるんだよ。

正門は豊岡市の市立図書館に、玄関棟は久美浜の神谷太刀宮に現存しているよ。